2014年05月04日

よくよく

どう考えても共感を求める自分がいて、同時に理解できない完全なる他者との出会いを求める自分もいて、それは一つの中にありえるのだろうか、というか、ありえない事などありえない。のだ、というかくしんをもって、これの、この人の、このいのちのぶっとんだところはどこだろう、という探り。気付かないうちに浸透する共感を経て、一体化したかのようにいたのに、うわ、まじかお前裏切るのか、というほどのひっぺがしが一つの中にあるときの快哉。誰しも、何しも、絶対に理解しえない、理解できない、孤独が、ブラックホールだかダークマターだか、宇宙的な何かが必ずある。ということが、生命の、孤高の、輝きの、尊さの、自尊にも他を尊ぶこともできることになるのではないか、と根っこと幹の、どちらの始まりにもなる胚芽、というかでんぷん、みたいなものをねちょねちょぐちぐち、さなぎの中身のように、今。
あと、日本的「私感(わたくしかん)」と呼べるような、超主観、みたいなものがすげえ気になる気になる。努めて学んでわけいりたい、欲。
posted by hamigoe at 10:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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